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千葉地方裁判所佐原支部 昭和46年(ワ)1号 判決

原告 榊原建設株式会社

代表者代表取締役 榊原肇

訴訟代理人弁護士 秋山知也

被告 有限会社利根マリン

共同代表者取締役 久保木和

〈ほか一名〉

訴訟代理人弁護士 瀧沢国雄

同 芹沢博志

同 三羽正人

主文

被告は原告に対し金七二万円とこれに対する昭和四六年一月一五日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

「被告は原告に対し金一一七万六〇〇〇円とこれに対する昭和四六年一月一五日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決と仮執行宣言を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

(請求の原因)

1、原告は建物の建築を業とするものであるが、昭和四四年二月中旬被告から茨城県行方郡潮来町大字潮来七八四番地に予定された床面積約四九五・八六平方メートルのクラブハウス(以下本件建物という)の新築工事について工事費用の見積りと設計を依頼され、直ちにこれを承諾した。

2、原告は同月二〇日から二八日ころまでに建築現場の測量をし、被告代表者と打合わせのうえ平面図、立面図、配置図を作製し、同年三月一日建築物のデザイン、構造などの詳細を打合わせ、同月二日被告の紹介による冷暖房工事業者訴外石川島重工株式会社清商店とその工事について打合わせをし、さらに鉄骨工事業者訴外黒岩建設株式会社とその工事について打合わせをした。原告代表者はそのほかに被告代表者と詳細な打合わせを重ね、原告は同月二七日設計書図面、見積書、構造強度計算書と建築工事確認申請書を作製してこれを被告に交付した。

3、その見積りによる工事費は建築工事費二二八〇万二五〇〇円、設備工事費四七四万二三二〇円の合計二七五四万四八二〇円であったが、そののち原告と被告は折衝を重ね、同月三〇日仕上工事を変更することによって工事費を減額し、建築工事費二〇〇〇万円、給排水工事費三〇〇万円、電気工事費一〇〇万円、厨房工事費五〇万円の合計二四五〇万円とすることを合意した。

4、原告と被告は本件建物の新築工事請負契約を結ぶことを合意し、請負代金の支払方法を四回の分割払いとし、契約書の署名押印を四月二日か三日にすることまで合意していた。したがって、原告と被告の間で設計依頼契約が結ばれたことは明らかである。

5、設計書作成に伴う報酬(設計料)は、建築業界における報酬基準(建築士法による業務の報酬規程)によると、建築工事費の総額が二四五〇万円であるから、一階部分について工事費の四・八パーセント、二階部分について工事費の六・八パーセントの割合で、概算一四二万一〇〇〇円となる。しかし、諸般の事情を考慮し、工事費総額の四・八パーセントである一一七万六〇〇〇円を本件報酬として請求する。

6、よって、原告は被告に対し設計料一一七万六〇〇〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日から支払いずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求の原因に対する答弁)

1のうち原告の業種と被告が原告主張のころ原告にその主張の床面積の本件建物新築工事について工事費用の見積りを依頼した事実は認めるが、設計を依頼した事実は否認する。建築予定地は潮来町大字潮来浅間下一〇一番地であった。2のうち被告が原告主張の日原告から原告作製の設計書図面、見積書、構造強度計算書などを受取った事実は認めるが、その余の事実は否認する。3のうち原告がその主張額の工費見積りをした事実は認めるが、その余の事実は否認する。4の事実は否認する。5の事実は知らない。

(抗弁)

1、仮に被告が原告主張のころ原告に本件建物の設計を依頼したとしても、被告は昭和四四年三月二七日ころ原告の債務不履行を理由として原告に口頭で設計契約を解除する旨の意思表示をなしたから、被告には設計契約に基づく報酬を支払う義務がない。すなわち、被告は本件建物の諸設備を除く建物主体の工事費を一五〇〇万円と予定していたので、同年二月中旬原告にその範囲内で見積りをして貰うことを依頼し、それを検討したうえで改めて設計を含む建築工事全般の請負を申込む旨を説明し、原告の承諾を得た。被告は同年夏のモーターボートシーズンまでに本件建物を完成したかったし、訴外千葉銀行からの一五〇〇万円の融資も決定していたので、本件建物について先に見積りをした訴外株式会社西山工務店の作製した見積書、設計図面など(工費見積額は一六〇〇万円)を参考書類として原告に交付し、早急に見積書を作製するよう依頼した。ところが、原告は約二八〇〇万円の見積りをしたうえ、被告が度々約旨(一五〇〇万円)に従った見積りを催告したのにこれを履行しなかったので、被告は原告の履行遅滞を理由として設計契約を解除した。

2、仮に被告が原告主張のころ原告に本件建物の設計を依頼したとしても、原告は同年六月四日ころ被告にその設計料を免除する旨の意思表示をなし、その意思表示はそのころ被告に到達したから、被告は原告にその設計料を支払う義務がない。

(抗弁に対する答弁)

1と2の事実は否認する。

(証拠)≪省略≫

理由

原告が建物の建築を業とする事実、原告が昭和四四年二月中旬被告から床面積約四九五・八六平方メートルのクラブハウス(本件建物)の新築工事について工事費用の見積りを依頼された事実、原告が同年三月二七日設計書図面、見積書、構造強度計算書を作製してこれを被告に交付した事実は当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち、被告はモーターボートの販売修理とこれに付随する事業を目的とするが、昭和四三年夏潮来町潮来七八四番地にゴルフとモーターボートのクラブハウスを兼用する建物を建築しようと企て、訴外常陽銀行本店にその建築資金として一五〇〇万円の融資方を申込むとともに、水戸市の訴外株式会社西山工務店に工事費一五〇〇万円の範囲内でクラブハウスの見積りを依頼した。西山工務店は同年九月か一〇月ころ工事費を一六〇〇万円とする見積書を作製し、これに約五〇枚の設計図面などを添付してこれを被告に交付したが、被告は同年末常陽銀行から融資を得られないことになった。そこで、被告は昭和四四年一月か二月ころ訴外千葉銀行佐原支店に一五〇〇万円の融資方を申込んだ。同支店長の訴外大野正徳が原告を被告に紹介したので、被告は西山工務店と比べて有利な方に建築工事を請負わせるつもりで、同年二月中旬原告に本件建物の主体工事の見積りを依頼し、どんな形でもよいから二〇〇名収容できるものを工事費一五〇〇万円の範囲内で見積るようにと注文し、西山工務店の作製した平面図などを参考資料として原告に交付した。原告は二月から三月にかけて建築現場を測量し、冷暖房工事業者、鉄骨工事業者などと打合わせをし、被告の代表者らと数回打合わせを重ねて、みずから本件建物をデザインし、案内図、配置図、姿図、基礎伏図、断面図、背面図、側面図、一、二階平面図、一、二階伏図、屋根伏図、小屋伏図、軸組図、断面リスト、断面詳細図、屋根面架構詳細図、一、二階平面図、一、二階電気工事図面を作製し、構造強度計算書を作製してこれらを総合し、仮設工事、基礎とコンクリート工事、木工事、鉄骨工事、屋根工事、金物工事、左官工事、アルミ建具工事、木製建具、硝子工事、塗装工事、雑工事の各費用と運搬費、諸経費の合計を二二八〇万二五〇〇円とし、電気工事、給排水衛生工事の各費用と厨房器具費の合計を四七四万二三二〇円とする総合計二七五四万四八二〇円の見積書を作製したうえ、同年三月二七日これらの図面、構造強度計算書、見積書を被告に交付した。被告はその見積額が予算額を大幅に超過していたので、同日原告に対しその見積りに従って本件建物の建築工事を原告に請負わせることはできないと回答した。原告は同月二九日ころ被告と折衝して、前者の二二八〇万二五〇〇円を二〇〇〇万円に、後者の四七四万二三二〇円を四五〇万円にそれぞれ減額するから建築工事を請負わせて貰いたいと申入れたが、被告はこれを承諾しなかった。以上の事実によると次のようにいえる。すなわち、被告が西山工務店にクラブハウスの見積りを依頼し、同店から見積書とこれに添付された多数の設計図面を受取っていること、被告が原告に二〇〇名収容可能のものであればどうな形のものでもよいから工事費一五〇〇万円の範囲内で本件建物主体工事の見積りをするよう依頼したこと、そのような見積りをするのには経験則上詳細な設計図を作製することが必要であると考えられること、原告がその範囲内で見積りをすれば被告がその見積りに従って原告と請負契約を結ぶつもりであったこと、以上の事情などから被告は原告に対し本件建物について設計などを包含した見積りを注文したとみるのが相当である。そして、その見積りが被告から指示を受けた予算額一五〇〇万円を七八〇万円超過する工事費になってしまったとはいえ、原告は被告の注文に応じて本件建物の設計と見積りの仕事を完成したとみるのが相当である。なぜなら、被告は原告に本件建物主体工事の工事費用の見積りを注文したのであって、設計前の時点における予算額と設計後の時点における見積額に不一致が生じてもなんら不思議な事柄でなく、その不一致の額が多額で、その見積りが注文者の被告の意に副わないものであったとしても建物設計という特殊性を考慮に入れると原告のなした設計と見積りを法的に無に帰してしまうのは妥当でないし、また、被告は当初から西山工務店の見積りと原告の見積りとを比較して有利な方を選択しようとしていたのであるから、原告が当初の予算額を上回る見積額を算出するかも知れないことを予期していたともいえるからである。

被告は昭和四四年三月二七日ころ原告に口頭で本件建物の設計契約を解除する旨の意思表示をしたと主張するが、その主張事実を認めるにたりる証拠はない。≪証拠省略≫によっては、前記認定のように、被告がそのころ原告に本件建物の建築工事を請負わせることはできないと回答した事実を認めることができるだけである。

≪証拠省略≫によると社団法人日本建築士会連合会が規定した「建築士法による業務の報酬規程」は次のように定めていることを認めることができる。すなわち、この報酬規程は業務に対する報酬の最低の料率である(前文)。設計図書は基本設計と実施設計との段階に分けて作成される(四条一項)。建築士が建築士法一八条に定める業務を行う場合の報酬は、その工事費に対し、表1の料率に基づいて算定する(五条一項)。前項の工事費は建築士が作成し建築主の承認した工事費予算額とする(同条二項)。設計業務を基本設計と実施設計とに分割する場合の報酬はそれぞれ設計料率の三五パーセント、七五パーセントにする(同条三項)。構造設計、設備設計、積算業務等の報酬はいずれも建築主体との関連性による設計料率の中に含まれるものとする(備考1)。その表1には業務別「設計」の工事費区分「五〇〇〇万円」の場合、建物種別「旅館、ホテル、クラブ」について四・八〇パーセント、「住宅」について六・八〇パーセントと定められている。

≪証拠省略≫によると被告は原告に本件建物の建築工事を請負わせるつもりでその工事費用の見積りを注文したので、見積りだけの場合の報酬をどのようにいくら支払うかについては考慮していなかった事実を認めることができ、原告と被告の間でその報酬について契約を結んだとの主張立証はない。前記認定の事実によると原告は被告の注文に応じて本件建物の設計と見積りをなし、設計図書、構造強度計算書、見積書を被告に交付したのであるから、その報酬を被告に請求できるといえる。≪証拠省略≫によると原告は通常前記報酬規程の定めに従って報酬を得ている事実を認めることができるので、本件においてもその規程を基準として報酬を定めるのが相当である。ところで、≪証拠省略≫を総合すると本件建物は一階部分がクラブ用に、二階部分が居住用に設計されている事実を認めることができるが、各階ごとの工事費用を別々に認定できる資料はないので、報酬の算定にあたっては本件建物の全体を通じてクラブハウスとみるのが相当である。原告の作製した設計図書は基本設計と実施設計を包含するとみることができる。算定の基準とすべき工事費としては諸般の事情からみて被告が当初注文した本件建物主体工事の予算額である一五〇〇万円を採用するのが相当である。そうすると、その報酬を一五〇〇万円の四・八〇パーセントにあたる七二万円と算定することができる。

≪証拠省略≫によると原告は本件建物の鉄骨工事を請負わせようとした訴外黒岩建設工業株式会社から本件建物鉄骨工事の構造設計料と諸経費として二〇万円の請求を受けたので、昭和四四年六月四日付の書面で被告に「本来ならば当社として設計料等を請求するところであるが、当社分は請求しないが、業者より当社へ請求のあった分二〇万円については支払っていただきたい」と申入れ、その書面がそのころ被告に郵送された事実を認めることができる。しかし、≪証拠省略≫によると原告は千葉銀行佐原支店長であった大野正徳の紹介でその見積りを引受けたことなどから、当時争訟までして設計料を取立てようとする意思をもたず、せめて下請業者の分だけでも支払って貰いたいと懇請する趣旨からそのような請求をなしたのであり、被告がそれに応じてくれなかったので、原告はそののち原告の設計料を規定どおりに請求すると被告に申入れた事実を認めることができるので、原告が同年六月四日付書面をもってその真意から無条件で被告にその報酬債務を免除する旨の意思表示をなしたものとみるのは相当でない。

以上のとおり、被告は原告に対し設計料七二万円とこれに対する訴状送達の日の翌日の昭和四六年一月一五日(この日は記録上明らかである)から支払いずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。よって、原告の請求はその金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆)

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